アルフォンゾの取材
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昔イギリスのウィトニーに行ったことがある、




アルフォンゾに会いに行った、

お店のの方々はみな親切でミルクティまでごちそうになってしまった、

アルフォンゾの持ち主のイアンさんはとても大切にしていて、特別なケースに入れて保管している、

写真は撮られてもらったが触らせてはもらえなかった、

撮影中もいつもアルフォンゾの傍らで心配そうに眺めていた、よほど大切なテディベアなのだろう、

もっとも世界で一つしかないのだから当たり前だ、

本物のアルフォンゾは爺が言うのもなんだが超カワイイのだ真正面の顔がキュートで目線を釘付けにされてしまう、

ギリギリ30cmまで近づいて見ることができたのは幸いだった、

わざわざイギリスまで来たかいっがあったというものだ、

グラビア写真では何度も見た顔だがやはり本物は違うのだった、

悲運のこのテディベアは今でも見る人を魅了し訪れる人が後を絶たない

そのときの動画が少しあるのでご覧になっていただきたい。

★★ロシアのゼニア王女とアルフォンゾの物語★★
1908年に特注で制作された、オリジナル・アルフォンゾは、シュタイフの歴史上、そのサイズとしてはただ一体しか制作されなかった真っ赤なベアです。1908年に、ロシアのゲオルギ・ミハイロビッチ大公がイギリスのハロッズに、ゼニア(エクセーニア)・ジョージェヴィナ王女のための特別な一体の注文を出しました。これを受け、シュタイフ社はすぐに24体のサンプル・ベアを制作しました。大公爵は、そのうちの大きなサイズ(13インチ)の真っ赤なベアを選び、彼の娘ゼニア王女に贈りました。同じサイズのベアとしては5色いたことが分かっており、その内のブルーはエリオットとして有名ですね。

・・・ゼニア王女は、この真っ赤なベアを「アルフォンゾ」と名づけ、とっても気に入って、いつも一緒でした。乳母がこのアルフォンゾにロシアのコサック風の衣装を作って着せてくれました。かの有名な従姉妹のアナスタシア妃もこのベアで一緒に遊んだようです。アルフォンゾは王女に愛されつづけました。ある時ゼニア王女はアルフォンゾと一緒にイギリスにバカンスに行きました。そのバカンス中に、祖国でロシア革命が起こり、父上や祖父を暗殺され、祖国は帝政から社会主義国家へ変貌していき、ゼニア王女はアルフォンゾと共に、二度と祖国へ戻れなくなってしまったのでした。このゼニアの生涯は、悲劇の物語として語り継がれており、61歳で、57年もの間、その生涯を閉じるまで常にその傍らにはアルフォンゾがいました。その後、娘に受け継がれます。

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シュタイフテデイベア
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